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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16335号 判決 1990年1月25日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地のうち、別紙図面のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分を明け渡せ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  昭和六〇年五月三〇日ころ、原告は、被告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期間同年六月一日から二年、使用目的事務所兼従業員宿舎として賃貸し(以下「建物賃貸借契約」という。)、同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)のうち、本件建物の敷地部分を除く約一〇〇坪(以下「本件車両置場部分」という。)を期間同日から二年、使用目的車両置場として賃貸した(以下「車両置場賃貸借契約」という。)。

2  建物賃貸借契約も車両置場賃貸借契約も昭和六二年五月三一日をもって期間満了となったが、賃料を建物及び車両置場を合わせて従前の月額二三万七〇〇〇円から二五万円に増額することのみを合意して更新した結果、いずれも、期間の定めのない賃貸借契約となった。

3  原告は、被告に対し、昭和六二年一〇月二二日付けの内容証明郵便をもって、本件車両置場部分から本件建物の使用に必要な通路を除く別紙図面のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分(以下「本件明渡要求部分」という。)につき民法第六一七条に定める一年の猶予期間をおいて解約する旨を申入れ、右郵便は、同月二三日被告に到達した。

4  仮に、本件車両置場部分についての賃貸借に対しても、借家法の適用があるとしても、原告は、本件明渡要求部分については、原告は、次のとおりの更新拒絶の正当事由を備えている。

(一) 原告は、妻と二歳の長女と賃料月額一〇万円の二DKの賃貸マンションで暮らしていること。しかも、原告は、その賃貸マンションの家主との間で、その家主がその子供に使用させる必要がある等の理由から、やむを得ず、平成三年四月三〇日をもって明け渡す合意をしていること。

(二) 原告は、平成元年五月に個人タクシーの免許を取得したが、個人タクシーの営業には、屋根付きの所定の規模の車庫が必要であり、原告は、かかる条件を充たす車庫のための駐車場を、訴外山形政也から、同人が幹部をしている組合に加入した見返りとして賃借りしているところ、原告は、この駐車場を平成二年七月三一日までに新たな組合加入者のために明け渡す約束になっていること。そして、このような車庫のための駐車場は、一般の賃貸駐車場の中にはほとんど見当たらないこと。

(三) 原告は、年老いた母と病弱の妹とを世話する必要があるが、原告家族を含む五人が住む家を建てるには、本件土地の返還を受けるしかないこと。

(四) 本件建物及び本件土地の賃料は、場所柄、広さ等からすると、月額二五万円は低額にすぎること。

(五) 他方、被告は、本件土地の近くに九〇坪余の駐車場を有しており、本件明渡要求部分がなくとも、運送の営業にほとんど支障がないこと。

(六) また、被告の営業状態は良好であり、現に相当額の役員報酬を支払っていること。

5  よって、原告は、賃貸借契約の終了に基づき、被告に対し、本件明渡要求部分の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1の事実は、認める。

ただし、本件建物及び本件土地は、不可分一体として、原告と被告との間の賃貸借契約においてその目的物件とされているものである。

2  同2のうち、原告主張のとおりの賃料増額の合意があったことは認め、その余は、否認する。本件建物及び本件土地についての不可分一体の賃貸借契約は、昭和五〇年六月一日以降賃貸借期間を二年とする契約として、隔年後毎に更新されてきたものであって、昭和六二年五月三一日が経過しても、同年六月一日から賃料を増額した他はすべて従来と同一の条件をもって法定更新されたものである。

3  同3の事実は、認める。

4  同4は、否認する。被告は、本件建物及び本件土地を使用して運送業を営んでおり、本件車両置場部分は、その営業に不可欠の自動車の置場として使用しているのであって、かかる本件土地を原告に返還しては、被告の経営は成り立たず、多数の従業員の生計の維持も根底から覆されるというべきである。

理由

一  原告が、被告に対し、昭和六〇年五月三〇日ころ、本件建物を事務所兼従業員宿舎として、本件車両置場部分を自動車置場として、それぞれ、使用すること及びその使用期間を同年六月一日から二年とすることの約定のもとに、本件建物と本件車両置場部分とを賃貸したこと並びに請求原因3の事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件建物の賃貸借と本件車両置場部分の賃貸借とがそれぞれ別個の契約に基づいて成立したかどうかについて検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 本件土地及び本件建物は、もと原告の父石井昇が所有していたものであるが、同人は、昭和四五年以前ころから昭和五〇年ころまで、被告会社のもと代表取締役として被告会社を経営し、本件建物を被告会社の営業である自動車運送業の事務所兼従業員宿舎の用に、本件車両置場部分をその自動車運送業に用いる相当台数の自動車の置場の用に、それぞれ、供していたものであり、したがって、本件建物及び本件車両置場部分は、双方が一体として運送業のために使用されていたものであること。

(2) 原告も、その当時、専務取締役の名目で被告会社の役員の一員に加わり、現実的には運転手として父石井昇の経営を助けていたこと。

(3) ところが、右石井昇による被告会社の経営は、昭和五〇年ころ、不振に陥り、その経営の継続が困難になったため、同人は、その経営から手を引くべく、自己及び原告を含む家族等が有する被告会社の株式全部を現在の代表取締役である佐藤トシ子に譲渡して代表取締役の地位を右佐藤トシ子に譲るとともに、本件建物(それ以前被告会社の所有名義にしていたものをこの段階で石井昇個人の登記名義に戻すこととした。)及び本件土地については、その所有者として賃料収入を確保するべく、これを、経営者の交替した被告会社に従前どおりその運送業のために一体として使用させるために賃貸することとしたこと。

(4) かくして、昭和五〇年六月一日ころ、石井昇と被告との間で、本件土地及び本件建物について、期間を同日から向こう二年間とする、賃料月額を土地分、建物分の区分のない一括金一五万円とする、被告が本件土地及び本件建物による運送業を中止したときは無催告解除ができることとする等の約定で、賃貸借契約が締結され、本件土地及び本件建物が一体として被告に引き渡されたこと。

(5) 昭和五二年六月一日ころ及び昭和五四年五月三〇日ころの各契約更新時には、右(4)の賃貸借契約は、それぞれ、賃料月額を金一七万円、金一八万七〇〇〇円と増額した他は、すべて従前と同一の条件で合意更新された((4)の契約は、「土地建物賃貸借契約」との題名が付されたが、昭和五二年六月一日ころの合意更新の際、契約の題名は、「建物賃貸借契約」とされ、この題名は、その後、改められていない。)こと。

(6) 昭和五四年九月ころ、石井昇が死亡したため、昭和五六年六月一日ころ、原告が石井昇の跡を襲って被告との間で、右(5)で合意更新された賃貸借契約を、賃料月額を金二〇万円とする他は、すべて従前と同一の条件とする内容で合意更新したこと。

(7) 昭和五八年五月三〇日ころ及び昭和六〇年五月三〇日ころの各契約更新時にも、右(6)で合意更新された賃貸借契約が原、被告間でそれぞれ合意更新されたが、そのそれぞれの合意更新の際、賃料月額を金二二万円、金二三万七〇〇〇円と増額するとともに、

「東京都江戸川区長島町二〇四八番地

一  木造瓦葺二階建て事務所兼寮一棟

延床面積 四〇坪

(上記建物の敷地周辺の塀で囲まれた賃貸人所有地〔約一〇〇坪-賃借人所有車両置場〕つきとする)」

をその目的物件としてその賃貸借の契約が合意更新されたこと。

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に基づき考察すると、本件建物及び本件車両置場部分について昭和六〇年五月三〇日ころ成立した原、被告間の賃貸借契約は、本件車両置場部分付きの本件建物の賃貸借の契約、換言すれば、一個の借家契約であって、賃貸借の目的物件が本件車両置場部分が付加された本件建物であるものと認めるのが相当である。

原告は、本件建物の賃貸借と本件車両置場部分の賃貸借とは、別個にして二個の契約によるものである旨主張するが、現地における使用形態上、本件土地につき本件建物の敷地部分と本件車両置場部分との仕切りが契約当事者間で具体的になされたことを認めるに足りる証拠がないのみならず、本件車両置場部分と本件建物とを別個の契約の目的物件とするのであれば本件建物の敷地部分は袋地になってしまうため公道から本件建物へ行き来するための通路部分を本件車両置場部分中に想定すべき筋合いであるが、この通路部分についても、契約当事者間で具体的な仕切りがなされたことを認めるに足りる証拠がなく(ちなみに、本件明渡要求部分は、原告により、訴訟上のみ全く便宜的にその範囲が区分されている。)、その他前記の認定事実に徴すると、本件建物と本件車両置場とで別個の賃貸借契約が締結されたとは到底認めることができないから、原告の右主張は、採用できない。

三  しかして、右認定の原、被告間の本件賃貸借契約は、借家契約としてその全体について借家法の規定の適用を受けるものといわざるを得ず、その結果、従前の賃貸借期間が満了する昭和六二年五月三一日の経過をもって法定更新され、同年六月一日以降期間の定めのない賃貸借契約になったものと認められるところ、このような本件賃貸借契約において、本件車両置場部分という土地のみについて、貸主が一方的にその賃貸借契約の一部解約の申入れをすることができるかどうかについて更に検討する。

まず、借家法第一条ノ二所定の正当事由による解約の制限は、直接的には、いうまでもなく建物についての使用の正当性の存否に基づく解約の制限にとどまるから、土地である本件車両置場部分についての解約に関しては、直接的にはその制限が及ぶものではない。

次に、本件賃貸借契約では、前認定のとおり、原、被告は、「本件建物及び本件車両置場部分による営業運送業を中止したときは無催告解除をすることができる」旨の特約を合意しており、この特約は、その反対解釈として、「本件建物及び本件車両置場部分による営業運送業」を継続する(すなわち、被告が本件建物及び本件車両置場部分を使用して自動車運送業を行う)限りは本件車両置場部分についてもその解約の要件に関する民法第六一七条第一項第一号の規定は適用しない旨の合意を含むものと解される。

そして、それと同時に、被告が本件建物及び本件車両置場部分を使用している場合においても、本件賃貸借契約が一の借家契約であることに変わりがない以上、本件建物自体について借家法第一条ノ二所定の正当事由があるときはその解約申入れが許されるのであり、したがって、この正当事由があるときにも本件車両置場部分についてはなおその解約申入れが許されないということは本末転倒であるから、結局のところ、本件賃貸借契約においては、本件車両置場部分の全部又は一部についても、貸主及び借主の間でその各使用の必要を比較考量し、同法第一条ノ二所定の正当事由に準じた「正当の事由」(以下「本件土地関係正当事由」という。)が存すると認められるときは、貸主からその解約を申し入れることができることとする旨の合意が原、被告間で黙示でなされているものと解するのが相当である。

四  以上二及び三で判断したところによれば、本件車両置場部分のみについての賃貸借契約が原、被告間で締結され、かつ、その契約が民法第六一七条第一項第一号の猶予期間をもってした解約の申入れにより昭和六三年一〇月二二日に終了したとする原告の主張は、到底これを採用することができず、本件車両置場部分のみについての独立の賃貸借契約が終了したとして本件明渡要求部分の明渡しを求める原告の請求は、失当といわなければならない。

次に、原告は、本件明渡要求部分についても借家法の適用があるとしても、原告側に「更新拒絶」の正当事由があると主張する。右三で判示したとおり、原、被告間の本件賃貸借契約は、昭和六二年五月三一日の経過をもって法定更新され、同年六月一日以降期間の定めのない賃貸借契約になったものであるから、原告が同日以降において「更新拒絶」につき正当事由がある旨主張しても、主張自体失当であってこれについて判断する必要はない(原告の右主張は、請求原因3の事実中の解約申入れについても、前判示の本件土地関係正当事由が存する旨の主張であると解する余地がないでもないが、そう解するとしても、その解約申入れがあった昭和六二年一〇月二二日ころ及びその六か月後の昭和六三年四月二二日ころにおける原告側の本件明渡要求部分についての自己使用の必要性その他の事情は、要するに、「原告及び原告の妻子が賃貸建物に居住しており、また原告の母及び妹と同居してこれらの者の世話をする必要があるところ、以上五名の居住用の建物を所有するため、本件明渡要求部分を必要とする」ということに尽きるのであって、こうした事情は、本件の全証拠からみても、それ以前の事情に比べ特段変化がなく、これのみをもってしては、自動車運送業を継続している被告が本件車両置場部分を引き続き使用する必要が従前と同様に存すると証拠上認められる以上、本件土地関係正当事由を構成するに至らないことは明らかといわざるを得ない。そして、それ以上に原告が「正当事由」として請求原因4で主張している諸事情は、請求原因3の事実中の解約申入れの時点よりももっと後の時点において別個に法律上構成すべき事態に関するものというべく、ここでそれらについて判断する必要をみないのである。)から、原告の前記の仮定的主張も採用できない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 雛形要松)

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